エリクソンの逸話(2)

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

今日は、前回からお話ししている
ミルトン・エリクソンの逸話の後編となります。

 

 

 

自殺を決意していた
身なりがボロボロですきっ歯の女性は、
前回エリクソンの提案を受け入れ、
きれいな身なりになってエリクソンの前に現れました。

 

そして、こう言いました。

 

「たくさんお金を使って楽しかったです。

 

どうせ死ぬんだから、もっと悪いことはないかしら?」

 

エリクソンは言いました。

 

「水を口に含んで、
 そのすきっ歯から物に当てる練習をしたらどうでしょう?」

 

「なんて悪いことだろう!」と、
彼女はその提案を受け入れました。

 

 

 

その後、彼女が職場で休憩しているとき、
彼女の気を引こうとする男性が現れました。

 

そのことをエリクソンに話すと、
彼はこう言いました。

 

「すきっ歯から水を出して、物に当てる練習をしていましたよね?

 

 その男性に、その水を当ててしまいなさい」

 

後日、彼女はその男性に、
すきっ歯から水を浴びさせました。

 

すると、彼は水鉄砲で応戦してきたのです。

 

 

 

そして、数か月後、二人は結婚して、
子供が生まれました。

 

彼女は自殺すること無く、幸せに暮らしたとのことです。

 

 

 

このように、エリクソンの手法は、
「ユーティライゼーション(利用できる物はなんでも利用する)」
と呼ばれ、臨機応変・変化自在なものでした。

 

そのことから、彼は「魔術師」とも呼ばれました。

 

 

エリクソンの逸話(1)

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

今日は、天才催眠療法士
ミルトン・エリクソンの逸話について
お話ししたいと思います。

 

 

 

ある日、3か月後に自殺することを決めていた女性が、
エリクソンのもとを訪ねてきました。

 

訪ねてきた理由は、自殺を止めて欲しいからではなく、
変わった人がいると風の便りで聞いたからです。

 

彼女の容姿・身なりは、それはひどいものでした。

 

来ている服はボロボロ、髪の毛はボサボサ。

 

それはわざとやっているのではないかと思うぐらい、
ひどいものだったそうです。

 

そして、彼女の歯は、歯と歯の間があいている
「すきっ歯」でした。

 

 

 

彼女は言いました。

 

「人生に興味がない。

 

 子供が生まれれば興味が持てるようになるかもしれないが、
 今まで一度も男性と付き合ったことがない。

 

 それに私は醜いので、そもそも結婚できるはずがない。

 
 生きている理由がないので死にます」

 

 

 

エリクソンは言いました。

 

「どうせ死ぬなら、貯金を全部使ってみたらどうだろう?

 
 高いきれいな服や靴を買って、美容院へ行って、
 思いっきり無駄づかいをしましょう」

 

彼女はどうせ死ぬのだからと同意し、
翌週、きれいになってエリクソンの前に現れました。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

米国医師会に催眠療法を認めさせたエリクソン

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

ポリオから回復し、
医者となることを決意したエリクソン。

 

その後の彼の人生について、
お話しします。

 

 

 

彼は、大学2年生の時、
心理学者クラーク・ハルの
催眠のデモンストレーションを見る機会がありました。

 

それをきっかけに、エリクソンは、
催眠に興味を抱き、研究を始めます。

 

この頃、1年間に数百人に催眠をかけて、
さまざまな催眠実験を行いました。

 

その後、医学博士と心理学修士を取得。

 

その後、精神科医として、
いくつかの精神病院で勤務をしました。

 

 

 

彼の催眠の手法は、
それまでの伝統的・権威主義的な催眠と違い、
非常に柔軟な手法を取りました。

 

そのため、たった1、2回のセッションで
問題を解決してしまうこともありました。

(一方で、長期間に渡ることもあり、
彼が最も成功したセッションは、
あるクライアントとの200回目のセッション
だとエリクソンは言っています)

 

 

 

1950年代に入り、エリクソンは
医師免許を剥奪されそうになりました。

 

それは、アメリカの医師会が
催眠療法を危険視したためです。

 

そこでエリクソンは啓蒙キャンペーンを行い、
1958年に遂に、
アメリカの医師会が催眠療法を
治療の一環として認めるに至りました。

 

彼こそ、アメリカの医学会に
催眠療法を受け入れさせることに尽力した一人なのです。

 

 

 

次回は、彼の逸話を紹介したいと思います。

 

 

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