「アイルランドの祝福の言葉」

Psalm 34:18 (Clouded Heart)

 

 

 

 

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

今日は一編の詩をご紹介します。

 

作者不詳の「アイルランドの祝福の言葉」です。

 

神や十字架といった言葉が出てきますが、
私は特定の宗教の信仰は特にありません。

 

一種のメタファーとして読んでみてください。

 

 

 

「アイルランドの祝福の言葉」

 

あなたの行く道が、雲ひとつない道であれとは望まない。

 

あなたの人生が、薔薇の褥(しとね)で繰り広げられるような、
なんの後悔もしないでいいいような、
なんの痛みも感じないでいいような人生であれとは望まない。

 

そう、あなたがそんなものに恵まれるようにとは望まない。

 

わたしがあなたのために心から願うのは、
他者に十字架を負わされたとき、
山に登り、谷をわたらなくてはならないとき、
そんな試練のときに勇敢であることだ。

 

神から授かった才が
成長と共に伸び、
あなたが自分のことを心配してくれるすべての人に
喜びという贈り物を与えられるようになることだ。

 

信頼できる友、
悲しみのときに力を貸してくれる友、
嵐のような日々の暮らしをものともせず
傍らにいてくれる友、
友と呼ぶにふさわしい友に、
あなたがいつも恵まれていることだ。

 

あとひとつ、わたしはあなたのために願っている。

 

喜びのときも、苦しみのときも、
いつもすぐ近くに神を感じられますようにと。

 

あなたと、あなたのことを心配してくれるすべての人のために、
わたしはそう願っている。

 

今もこれからも
あなたのために、わたしはそう望んでいる。

 

 

「この日を祝って杯を干す」

Cheers!

 

 

 

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

今日は一編の詩をご紹介したいと思います。

 

作者不明の詩「この日を祝って杯を干す」です。

 

 

 

「この日を祝って杯を干す」

 

この日を祝って杯を干そう、
なぜならそれは人生だから、
それこそが人生だから。

 

その短い行程に、生きていることのあらゆる真実が、
成長の喜びが、
美の輝きが、
行動の栄光がある。

 

なぜなら昨日は記憶に過ぎず、
明日は空想に過ぎないから。

 

しかし、日々よく生きれば、
いかなる昨日も幸福に満ちた記憶となり、
いかなる明日も希望に満ちた空想となる。

 

だからこそ、今日という日に乾杯しよう!

 

 

「パールズを越えて」

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

以前、フリッツ・パールズ氏の
「ゲシュタルトの祈り」をご紹介しました。

 

この詩に対して、W.Tubbs氏はさらに発展させ、
「パールズを越えて」という詩を発表しています。

 

現代でいう「アンサーソング」でしょうか。(^_^;)

 

 

 

パールズを越えて

 

「私は私の人生を生き、あなたはあなたの人生を生きる。

 

 もしそれだけならば、
 お互いの絆も私たち自身も失うことになる。

 

 私がこの世に存在するのは、
 あなたの期待に応えるためではない。

 

 しかし、私がこの世に存在するのは、
 あなたがかけがえのない存在であることを認めるためであり、
 そして私もあなたからかけがえのない存在として認めてもらうためである。

 

 お互いの心がふれあった時にはじめて、
 私たちは本当の自分になれる。

 

 私たちの心のふれあいが失われてしまえば、
 私たちは自分を完全に見失ってしまう。

 

 私とあなたの出会いは偶然ではない。

 

 積極的に求めるから、あなたと出会い心がふれあう。

 

 心のふれあいは、
 成り行きまかせではない自分から求めていったところにある。

 

 全ての始まりは私に委ねられていて、
 そして一人では完結しない。

 

 本当のことは全て、
 私とあなたとのふれあいの中にあるものだから」

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