催眠を最初に科学的に研究した医師

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ジェームズ・ブレイド(1795-1860)

 

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

前回は、18世紀末にメスメルが
「動物磁気説」(メスメリズム)を唱えたという話をしました。

 

重要なことは、ここまでの歴史で、
まだ「催眠」という言葉自体は出てきていません。

 

今回は、催眠を最初に科学的に研究した医師について
お話していきたいと思います。

 

 

 

メスメルと同じ時期、
メスメリズムが「いかさま」であることを証明しようとした
イギリスの医者がいました。

 

ジェームズ・ブレイドです

 

彼は、祭りの出しものとして実演されていたメスメリズムを見て、
「これはいかさまに違いない」と思い、
それを証明しようと真剣に研究に取り組み始めました。

 

しかし、彼は研究を進めるうちに、
この手法に魅了されてしまったのです。

 

 

 

その結果、ジェームズ・ブレイドは、
「催眠」「催眠療法士」「暗示」と言った言葉を
初めて考案した人物として知られています。

 

「催眠」の英語である「hypnosis」は、
ギリシャ語の「眠り」を意味する「hypnos」に
由来します。

 

ただし、催眠状態は「眠りを催す」と書きますが、
実際には睡眠状態とは異なる状態です。

 

彼が「催眠」という言葉がふさわしくないと気づいたのは、
既に「催眠」という言葉が普及した後でした。

 

 

 

彼は、催眠の歴史において、重要な業績があります。

 

その詳細は、次回に続きます。

 

 

近代催眠療法の始まり


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フランツ・アントン・メスメル(1734-1815)

 

 

 

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

前回は、王様が催眠療法の一種を好んで使った
というお話をしました。

 

今回は、舞台が近代へと移っていきます。

 

 

 

中世が終わって近代を迎え、催眠療法は、
再び脚光を浴びることになります。

 

18世紀末、ドイツ人の医師
フランツ・アントン・メスメルが現れました。

 

彼は「動物磁気説」(メスメリズム)を唱えます。

 

人間には誰もが持っている「動物磁気」があり、
この人体の磁気をコントロールし、
患者の身体へと作用させることによって、
病気の治療は可能となるという考え方です。

 

彼はこの治療のために、大掛かりな舞台や儀式を使いました。

 

彼は「動物磁気説」を主張しましたが、
現代の私たちから見れば、
これも「暗示による癒し」で、催眠療法の一種です。

 

 

 

彼の治療法は、フランス貴族たちの間で支持を受け、
急速に広まっていきました。

 

最盛期には、1日3,000人もの人々が、
メスメルのもとを訪れるようになったそうです。

 

 

 

しかし、彼の挑戦的な性格と激しい性格が、
当時の保守的な人々の怒りをかうことになります。

 

彼を妬む医師や、同調する政治家たちが、
彼のインチキを暴こうとうする委員会を組織します。

 

この委員会の中には、「アメリカの父」と讃えられる政治家で、
物理学者でもあるベンジャミン・フランクリンが名を連ねていました。
(ベンジャミン・フランクリンは、
雷が電気であることを発見した人物です)

 

その結果、
「人間の想像力によって引き起こされる現象であり、
 動物磁気の存在を証明するものではない」」
という結論に至り、メスメルの追放ということになりました。

 

 

 

しかし、その後、彼の理論を、
きちんと科学的に引き継ぐ者が現れます。

 

次回に続きます。

 

 

王様が好んで使った催眠療法

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エドワード証聖王(1004-1066)

 

 

 

こんにちは

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

前回、催眠療法は有史以前から存在した
というお話をしました。

 

今回は、その後の催眠療法の歴史について
お話ししたいと思います。

 

 

 

舞台は、11世紀に移ります。

 

イングランドのサクソン系の王様に、
エドワード証聖王(Edward the Confessor)がいました。

(「Confessor」という尊称は、
エドワード王が極めて敬虔であったことによります)

 

 

 

彼は、手を触れて人を癒すことに長けていました。

 

これは「暗示による癒し」で、
王という権威を使った催眠療法の一種と考えられます。

 

この療法は評判となり、イギリス教会は、

 

「治療の際に適切な聖歌と詠唱を欠かさなければ、
それは正しい治療法として祈禱書にも書かれている」

 

と承認し、この「手のわざ」は公に認められるに至りました。

 

当時の教会は非常に権威があったため、
教会が承認したことを人々は広く受け入れたのです。

 

つまり、王が自ら使用した結果、
心理療法としての価値が広く受け入れられるようになりました。

 

 

 

しかし、王が変わり、
その後のイギリス君主がこの療法に興味を失うと、
人々も同じように関心を寄せなくなりました。

 

そして中世に入ると、「暗示による癒し」の評判は、
ガタ落ちとなり黒魔術とみなされる時代に入ります。

 

当時の価値観では、
「文明的な社会でそれを行うのは、魔術師か妖術師」
というものでした。

 

中世の人々は、このわざを怖れました。

 

その結果、この時代に、
催眠についての数多くの誤解が生まれたのです。

 

 

 

催眠療法の歴史は、さらに続きます。

 

 

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