エスデール、母国での失敗…

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

前回、医師エスデールが、
インドで何千件もの催眠による無痛手術に成功した、
というお話をしました。

 

今回は、エスデールが母国イギリスに
帰国した後の話となります。

 

 

 

エスデールは、母国イギリスに帰国しました。

 

インドで磨いた無痛手術の技術を、
イギリスでも如何なく発揮しようしました。

 

しかし、なぜかイギリスでは、
インドと同じような無痛手術の効果が表れなかったのです。

 

 

 

これは、文化の違いに起因するものでした。

 

インドでは、瞑想の習慣が浸透しており、
精神世界に対する抵抗が少ない方が多かったのです。

 

その結果、インド人には催眠を受け入れる文化的な素地があり、
無痛手術に大きな効果を発揮していました。

 

 

 

一方、イギリスは、キリスト教文化圏です。

 

当時の教会は、
「苦しみは人に与えられた尊い試練だ」
と教えていました。

 

「苦しみは耐えてこそ美しいのだ」と。

 

そういった文化的な素地の結果、
無痛手術の効果がインドほど表れなかったのです。

 

 

 

エスデールの功績は、周りから認めらることなく、
失意のもと残りの人生を送りました。

 

次回は、薬品麻酔が認められるきっかけとなった
出来事についてお話しします。

 

 

催眠の技法を手術に応用した医師たち

James Esdaile

ジェームズ・エスデール(1808–1859)

 

 

 

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

前回は、ジェームズ・ブレイドの
催眠の歴史における重要な業績について
お話ししました。

 

今回は、この催眠の技法を手術に応用した医師について
お話ししたいと思います。

 

 

 

メスメリズム提唱後、メスメリズムによって
無感覚や無痛などの現象を起こせることが発見されました。

 

そして、その無感覚や無痛現象を
医療の応用に試み、無痛手術を行う医師たちが現れました。

 

つまり、催眠を「麻酔」として使ったのです。

 

当時の手術は、近代麻酔がまだ発展していなかったので、
手術の耐え難い痛みでショック死する患者がいるほど、
手術は危険なものだったのです。

 

 

 

その中で、顕著な実績を残した医師がいました。

 

イギリスの医師ジェームズ・エスデールです。

 

彼は、ブレイドの友人であり、医師仲間でもありました。

 

エスデールは、インドのカルカッタに派遣されていたとき、
催眠にる麻酔効果を外科手術に応用しました。

 

彼が行った無痛手術は、小さい手術だけでも数千件、
大きい手術では300件近くに達します。

 

彼は無痛分娩を成功させ、
さらに手足の切断にも成功しています。

 

当時、手術中の成功率は50%でしたが、
彼は無痛手術を行うことによって、
なんと「5%」まで下げることに成功しました。

 

 

 

彼はインドに滞在中の数年間、
催眠による麻酔技術に磨きをかけました。

 

イギリスに帰国した彼は、
母国でも同じ無痛手術を行おうとしたのですが…。

 

思いもよらない結果が待っていました。

 

次回に続きます。

 

 

ジェームズ・ブレイドの重要な業績とは?

こんにちは。

 

あがり症改善カウンセラーのMartyです。

 

 

 

前回は、催眠を最初に科学的に研究した医師
ジェームズ・ブレイドのお話をしました。

 

今回はその続きとなります。

 

 

 

ジェームズ・ブレイドは、催眠の歴史において、
重要な業績を残しました。

 

例えば、催眠療法士がいなくても、
催眠は可能であることを発見しました。

 

その方法はこうです。

 

視線を一点に固定して見つめ続けると、
目が疲れてまぶたが重くなります。

 

すると、自然に催眠状態に入ります。

 

これを「凝視法」と言います。

 

 

 

そして、何よりジェームズ・ブレイドの業績で
重要なのは次の2つです。

 

1.オカルトの一種と考えられていた「催眠」に
 信憑性を与えるきっかけを作った。

 

2.催眠のパワーは被験者本人にあり、
 催眠療法士には補助的な影響力しかないことを証明した。

 

 

 

このように、ジェームズ・ブレイドは、
催眠を科学的に研究するための礎を築いたのでした。

 

そしてその後、この催眠の技法を
手術に応用する医師たちが現れます。

 

次回に続きます。

 

 

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